2009年08月02日

8月16日(日) 東ホール K56b

久しぶりの更新です。

実は旅行記をまとめて1冊にすることにしました。こちらで書いていた旅行記とはちょっと異なります。
自主制作ですので書店には並びません。

毎年夏冬にコミックマーケットというのがあります。いろいろと誤解されている同人誌即売会です。
漫画の他にも海外国内旅行記、いわゆる鉄ちゃんの評論などたくさん集まってきます。
コミックマーケットが分かる方は8月16日(日)にいらしてください。
分からない方は17日以降にこちらで通販しますのでそれまでお待ちください。
価格は1000円前後を予定しています。手製本でこの値段はありえないですよ。ほんと。
そもそも欲しい人がいるのか、疑問ですが・・・。


画像はまだ制作途中の仮表紙です。
スギヤは製本家なので手製本です。いわゆる「ルリユール」とかを思い浮かべていただけるとなかなか正解です。
この旅行記の他、ウズベクダンスのポストカードがあります。
ここで宣伝して効果あるのか分かりませんが、一応会場にて「ブログ見ました」と言ってくださった方には特典があるかも。

文章自体はこのブログのノリですが、製本技術に自信はあります。

それでは、コミケが分かってウズベクポップスも好きな奇特な方々、会場でお会いしましょう!


8月16日 東ホール K56b 「ウズ音の友」



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2008年11月10日

2008 yil 10 Oktyabr Narita

飛行機にのってほっとしたはずなのに寝られない。
食べれるかなーと思ってた機内食がプロフでショック。トマトケチャップがあったので、ケチャップご飯にしたら味はオッケーでしたが、腹には偽装反対と言われました。
結局全て吐きました。

行きでは聞きたかったウズベクポップスチャンネルも10日間聞きすぎてもうお腹いっぱい。
選曲渋すぎだし。

成田に到着して、管理し尽くされ、機械化され尽くした環境にほっとする。今思えば不思議なことだ。

空港で念願のマグロ漬け茶漬けを食べたのだけど、長いこと食事をしていなかったので下がおかしい。醤油の味が全くしないかわりに、なにかざらざらした食感と苦いような味がするけど実際はよく分からない。

その後、車で家の近くの病院へ。
空港でも健康相談室で聞いてみたのだけど、一番の原因は喉(お腹は着いた途端に治るから)ということで、耳鼻科に行くことを勧められた。ちなみにこの時、37.4度の微熱あり。

ということで、10月10日に帰ってきて、当日耳鼻科、翌日内科、13日にようやくパソコンの前にすわれる程度に回復、17日に点滴してもらってあとは気力で直しました。



あ、ある意味満喫しきった旅行でした。
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2008年11月09日

2008 yil 09 Oktyabr Toshkent

8時半頃起きる。
アンパンマン状態。つまり「顔がぬれて力が出ない〜」。たんに絶食で体が動かないだけですが。
降りる時にまた昨日の苦笑ボクサーズに会って運んでもらう。

空港に行くまで荷物を預かってもらおうかと思ったのだけど、そのために金を払えと言う。しかも15000スム。しかもドルは受け付けない。
めんどくさいし、いったんここを出たいし、銀行は1km先だそうだし、スーパーに行くついでに外に出る。
地下鉄ボドムザル駅にてケフィアを買って飲んでたら頭も冴えてきた。ちなみにこれは吐かなかった。
もういい、預けるもんか。さっさと出てこう。

宿に帰って、スーツケースを持って行こうとすると未払いだと受付の女性達が言う。「I payed yesterday!!」とくり返していると、昨日の受付の人が出てきて、宿代を払ったことを話したようだ。てか、15000スムは宿代か。昨日はぼられたのか。
わら半紙のレギストラツィア(滞在証明書)をもらう。


スーツケース抱えたままで、地下鉄へ。
荷物が大きいと警官がうるさいと聞いていたけど、地下鉄代が2人分の600スム(60円!)だっただけで、みんな親切だった。
地下鉄ではタシケントの大学で化学を学ぶ女性が英語で話しかけてきた。今後はアメリカや日本(ようは外国)で学会に行くらしい。
タシケントの他にどこに行ったのか、という話をしてサマルカンドとブハラに行った話をする。タシケントとはだいぶ違う街だったね、と言ったら「あそことタシケントは1、2世紀タイムラグがあるよね」と言う。
彼女も西のほうの村出身で、私とは違う形であれど体験しているようだった。

地下鉄を降りて、日本センターで顔を洗って歯を磨いた。たったこれだけのことなのにずいぶんさっぱりした。
ここは私にとってはハイソサエティな方々が利用するはずなのに、有料トイレっぽい使い方で申し訳ない気持ちに。
遅い電話回線(時々止まる)の日本語が使えるパソコンで実家に「保険証を持って迎えにきて下さい」とメールをする。
そしてひとりでいたウズベク人の女の子に声をかけたら、1階のカフェに連れて行ってくれることになった。
やった〜! 日本語の出来るウズベク人とお話ししたかったの〜!

今まで聞いたことのない名前の女の子。ボルシチを食べて、お茶を飲む。そして話をする。
大学で日本語学科一年目なのに習っている日本語はヨーロッパ辺りの日本語学科だったら3年目で習うような文章でした。
と言うのもタシケントの東洋学大学は入学試験でウズベク語、数学、外国語(だったかな?)試験を受けなきゃいけないんだけど、その外国語は日本語も選択出来るそうなのです。
彼女は付属の高校で勉強したのだけど、大学入試は普通にあったんだとか。けっこうハードル高いっぽいですよ。

郵便局までつき合ってもらって、バザールで「ラクダの目」という名前のザクロを買ったり、CD屋さん巡りにつき合ってもらったりする。
この子は日本語ガイドになることも考えているようで、案内もスムーズだし、第一真面目で可愛い。
「なんでウズベキスタンに着いた日に電話しなかったの!」と言う冗談が日本語で出てくるほど。
バザールではウズベクもののCDがとっても少ない。3店目に行ったロシア人が40年前からやっているCD屋さんでちょっとお買い物。

日本センターに戻る前にまたCDショップでお買い物。その後クローズまで日本センターに入り浸る。閉館時間後は前のベンチで30分くらい座ってる。
となりのインターコンチネンタルでタクシーを呼んでもらって空港へ。20分ほどだと思ってたら、タクシーのおっさんが道を間違えて大渋滞の中へ。空港到着は1時間後でした。
しかも遠回りしたからその分払えと言う。これだからウズのタクシー運転手って・・・!

おそらく行きも同じ飛行機だったツアー客団体×3がチェックイン中。
出国検査の時に日本人ガイドさんが英語で話しかけてくる。
ウズベキスタン滞在中に警官に話しかけられなかったのはみんながこのガイドさんと同じ感想を持ったからだと言うツッコミを帰国してから受けました。いや、私、残念ながら多分生粋の大和民族なのね。
そのツアー客団体が「お腹大丈夫だった? 私たちは全員やられたのよ」と話しかけてくる。えぇ、しっかり私もやられてますから。

出国時にレギストラツィアが全部ないから何を言われるかと思ったけど、スルーでした。
レギストラツィアは滞在証明書という日本語になると思いますが、ホテルに泊まった証明書です。
私はサマルカンドで一般家庭に泊まっていたので、その分が欠けていて、出国で何か言われたらしらばっくれるか、なくしたと言うか、袖の下だな、と思ってたので、とにかくほっとした。


席の周りを関西のツアー客に囲まれて、日本に出発。
posted by スギヤ at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月08日

2008 yil 08 Oktyabr Bukhara/Toshkent

ぼーっと起きて、ぼーっと朝ご飯を食べる。
おそらく今日もこれが食べられる唯一の食事と思い、時間をかけて食べる。で、ゆで卵は昼ご飯に持ち帰る。

部屋にウズベキスタンとぜんっぜん関係ないFashon TVというのを見る。
ところで、ウズベクポップスのMTVのようなのはとてもつまらない。ちなみに名前はTVM。(笑)こんな演歌みたいのばかりを流していたら、そりゃあ若者はロシアとか聞くって。ひょっとして国が選曲しているんだろうか。でも、良い子のというよりはオッサンの選択である。もしかして演歌的役割なの?

昼ご飯を探しにラビハウズのほうに行ったらレストランは本日休みとのこと。なんだそりゃー。

レセプションでタシケントの宿探しをしたのだけど、これがまた大変だった。
まず、若い男性にホテルのウズベキスタンのホテル一覧表が全滅。次に「地球の歩き方」にのってる全てのホテルに電話して、全滅。
結果、電話帳のどこかの電話番号を見せて「タシケントについたらここに電話しなさい」。
う〜ん。タシケントに到着は夜8時頃なのですよね。

あまりにも不安だったので、しばらくして他の女性がいる時にもう一度お願いする。この人は親身になって探してくれました。タジク族の英語の出来るおばさん。
電話帳にある番号に片っ端から電話してくれて、唯一「ここだけは絶対空室あるから」ということでホテルの名前と住所を書いてくれる。
ほんと嬉しかったです。

また部屋で窓から差し込む日光に当たりながらぼーっとする。これで調子悪くなかったら最高なんだけど。
5時頃になって、昨日のタクシーの人に来てもらって空港まで走る。空港、意外と近い。
空港では学歴ありそうなおねえさんが英語で案内してくれる。
「レギストラツィアが・・・!」とか「スーツケースの重量が・・・!」とか頭の中を駆け巡りましたが、ここでも厳重でゆるい警戒態勢を難なく通り越し、待合室へ。
待つ。とにかく待つ。
そして空気の悪さに、げほごほやりまくり。排気ガスかなぁ。埃かなぁ。

飛行機は6時の予定が6時35分の出発に。しかも自由席である。イージージェット(イギリスの格安航空。自由席です。)かっ!
ちなみに私は格安航空ではジャーマンウイングスが(まともっぽくて)好きです。
タシケントには夜8時過ぎに到着です。

空港ではあやしい白タクにのる。この運転手たち、どうも好きになれません。
「どこのホテル? インターコンチネンタル? オルズ? ロブシャン?」とうるさい。「セヴィンチ!」と言うと、「えーなんで?」と言う。
なんでそこなのか説明したげても良いけど、あんた絶対分かんないだろっ。
途中スーパーに寄ってね。「At first supermarket. And second Hotel」と指を立てて行ったにもかかわらず、「そうそう、ここがスーパーだよ」と素通りする。もーいーよっ。(怒)
看板も出ていない安宿を見つけてくれたのは嬉しかったですが。最初分からなくて素通りするほどです。

で、エレベータなしの6階に30000スムで泊まることに。
各階共同のトイレは汚いし、シャワーはちょろちょろと流れっぱなし。そもそも洗ったことあるのか分からないバスタブにはアリが這ってます。
部屋自体はそこそこまともで、テレビもソファも湯沸かし器もついています。ただ目の前の通りの車がうるさい。
晩ご飯を食べずに(しくしく)、寝ました。


断言して良い。私はこの宿に泊まった1番目の日本人だった。
posted by スギヤ at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月07日

2008 yil 07 Oktyabr Bukhara

ここ数日ではもっともマシな目覚め。とは言っても、やっぱり夜中には何度も起きました。
8時ころに朝食を食べに行ったら、スウェーデン人のおばさま方団体が先客でいた。こういう旅行団体がウズベキスタンにはとても多い。
ポリッジがあったのだけど、こげた匂いがしたので、チーズと黒パン、ヨーグルトがご飯。

ぼーっと寝る。窓から差し込む日射しが心地よいです。
いざ、飛行機のチケットを買うためにホテルを出ようと思ったらカリモフ大統領がラトビアの大統領と会談するらしく、街はいっさいフリーズしている。
どういうセキュリティ体制だか。
仕方ないのでまた寝る。本当に寝てばかりです。

「昼すぎたら道路を車が走っていいことになる」そうで、2時半にそろそろ良いかと外に出たらタクシーどころか車も一台も通っていない。警官がやたらめったと多い。自転車も走っては行けないらしい。自転車・・・意味あるの?
レセプションで3時過ぎだったらタクシーはあると言う。

裏のお土産屋さんを見に行く。なかなか見ていて楽しい。でも、女性が好きそうなものばかり。確かに主な購買層ターゲットが旅行している女性というのは間違いじゃないと思うけど。
戻ってきたら空港に電話してあげると言う。4時半にタクシーが迎えに来てチケットを買いに行けるそうだ。
普通の常識的な車のお兄さんが来てくれた。良かった〜「ロシアのメルセデス」じゃなくて。
お兄さんはチケットを買う時にも手伝ってくれた。

チケットを買ってきて、部屋のテレビの付け方を教えてもらった。一気に引きこもりライフが快適になった。
と言いつつもやはり吐き気と咳が治まらない。帰ったらお刺身が食べたい・・・。

ホテルの人に聞いたご飯を食べれるところでスープだけ食べた。前菜しか食べていないことをレストランの人に心底わっかんねーなぁ、みたいな表情をされました。


本当にチケットを買っただけの日でした。
posted by スギヤ at 21:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月06日

2008 yil 06 Oktyabr Samarkand/Bukhara

昨日よりは多少良くなった気がする。・・・あくまでも気がする。
相変わらずご飯が食べられないけど、お母さんが「これ(昨日のどでかい砂糖のかたまり)はお腹に良いのよ」と私のお茶碗に入れてくれた。入〜れ〜な〜い〜で〜。
(後で聞いた話、多すぎたら茶碗から出しても良いらしい。)
でも、甘くても美味しいので意外と飲める。

今日はブハラに行くので荷物をまとめる。お土産にクルミとレーズンとなぞの実(名前忘れました)をもらう。
クルミとレーズンもたくさんあったのだけど、両方ともすりつぶして「ほら、小さくなった」。
ちっがーう!

タシケントのハイライト、レギスタン広場へ行った。
その前に昨日のディルゾーナさんのところで服をもらう。肩パットとか入ってる服をみんな着ているのでどうなることやらと思ったら、意外と(超失礼)とっても素敵。お姉さんに喜んでいるのを伝えたいのだけど、「この服着てく?」ってのは遠慮します・・・。

レギスタンはお土産売り場でした。


そして近所の人の婚約パーティへ。ウズベキスタンの結婚パーティでは歌手が歌い、ダンサーが時々います。だから、このパーティでも歌手が来るようです。
あまり期待しないでいったら、やっぱりー!
男性歌手とべリー風ダンサー(あくまでも風)と言う私には一番嬉しくない組み合わせ。
そう言えばなんて名前の歌手か聞けば良かった。

自ら踊りたい人は前に出て行きます。私も誘われたけど、ここで出てったら後々まで良い語りぐさと思い、懸命に断りました。
ナッツと果物だけは食べられました。ヌードルスープがあったのだけど、麺がぐだぐだであまり美味しくない。
そう言えば、ウズベキスタンには味の素などのグルタミン酸を加えているものは少ないですね。

この会場のトイレに行ったのだけど、ここではしきりが床から50cmほどしかない。前に入っていた人が気まずそうに出て行く。水を流すボタンもなく、延々と水が流れていくだけ。


パーティを途中で抜け出し、いよいよブハラへ。
お母さんがナンとソーセージ(豚肉か?)を買って、持たせてくれる。このナンはクロワッサンを切ったバウムクーヘンのように巻いたものでとっても美味しかった。帰国してから食べたので、味が分かる。他の食べ物もきっとおいしかったんだろうなぁ。

アドバイスもあって乗り合いタクシーで行くことにする。
最初は街はずれで探すもないので町の中心部にもどって探す。タシケント行きはとてもたくさんあるのですが、ブハラ行きはあまりない。ようやく見つかったのは40000スム(約4000円)。高いよ、と言うと35000スムになった。
お金は最初に数えておくのよ、お財布を出しちゃ駄目よ、などといろいろ世話を焼いてもらう。
結局3時半に出発。大変お世話になりました!!


車中は後方に男性2人と私、助手席に女の子。ラジオからはウズベクポップスがかかっててやった! と思ったら運転手さんがチャンネルを変えてコリアンポップスに。そんなサービスはいらない。
途中で女の子、男一人をおろして、ブハラへ走ります。そう言えば、道と車は今までに泣く最高のコンディションです。
5時頃に運転手さんは車を止めて何かの建物の中へ。そしてどこからか鐘の音が聞こえてきた。これはもしかしてイスラム教徒のお祈りタイムだったのでしょうか。
7時半頃、ブハラに到着。

ホテル・ブハラパレスにてとめてもらう。
けど空室がなくて、案内されたホテル・アトラスへ。このホテル、かなり良いです。


そしてウズベキスタンダンスを見に行きました。
首都では見られなくて、ウズベキスタン人がよく知らない、ウズベク舞踊です。と言うかこのブログで書いてるウズベクダンスです。
ダンスは見たいが、食べたくないと言うとお茶とお茶請けのレーズンだけで入れてくれました。
ちゃんとした演奏者がいてダンサーのダンスとモデルのファッションショーが交互にある。こう言うのを期待してウズベキスタンに来たんですよ。

晩ご飯はレーズン10粒のみだったけど、ホテルでシャワーはしっかり浴びた。
そしてとっても落ち込んだ。


そしてこのホテルに入り浸る日々のスタートです。
こんなに長いのを読んでてくれてる方、いるのか知りませんがどうもありがとうございます。
posted by スギヤ at 22:54| Comment(2) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月05日

2008 yil 05 Oktyabr Samarkand

朝ごはんが食べられない。パンと果物とどでかい砂糖の結晶入りのお茶。普段だったらすべてよろこんで食べられるはずが、全てがまずそうに見える。
まあ、ハエが飛んでいたりするから、美味しそうに見えないのかもしれないけど。

と言うのも、昨晩寝てから何度もトイレに起き、頭痛薬を飲み、マスクをして、と夜中に何度も起きていたからなのです。
ついに、ウズベキスタン4日目にしてやってきちゃった体調不良。

この朝起きたのは9時。まったく非常識な時間に起きたものだ。でもこの家族も同じ時間に起床。気を使ってくれたのもあると思うけど。
食欲ないし、体動かないし、午前中は休んで午後にバザールに行きたかったのだけど、午後だと店が閉まりだすということで、10時ころディルゾーダさん(シャハゾーダさんの妹)宅によってリクエストと言うか、無理矢理お願いした「ウズベキスタンの民族衣装が着たい!」をかなえるために昨日バザールで買った生地を仕立ててもらうのでサイズをはかりにいく。
その後、ウズベキスタン最大のバザール(ほんとか?)のウルグットへ。

私は知らなかったのだけど、ウルグットは「ウルグット村」らしい。しかもサマルカンドからは車で45分ほど。けっこう遠い。
街からはずれたらぼこぼこしていない道をひたすらまっすぐ進みます。
道の両脇には私の知らない世界の村。人の生活リズムが日本ともサマルカンドとも違いすぎる。多分、ここに住んでいる人は自分たちの身の回り以外のことについて全く知らないだろう。

ウルグットバザールについたら人と売り物にいきなり埋まったようです。あと車と。
私の調子が悪いのでよく見物出来ないのが残念。でも、私のどう見てもウズベキスタン人じゃない格好はとっても見られてたんじゃないかと思う。
ガイドをすっかり頼んで、欲しいものを値切ってもらって買う。値切るのは私だけじゃ出来ませんからね。
途中、飲み物を買おうかと提案してくれたけど、謙遜じゃなくて本当にいらなかった。今聞かれたら絶対飲むのですが、体調にはさからえません。
途中でレースらしきものを売っている店を見つけた。ズボンやワンピースの縁取りをするものらしい。可愛いと思ったけど、日本に帰ったらどうなんだろう。
それを売っている人たちの顔つきはどうして睨んでいるんだろうか。ほんと謎です。

あまりにも体調が辛いので、バザールのすべてを見終わらずに帰る。トウモロコシを買ってちょっと食べたのだけど、スイートコーンではなくより穀物のような「本物っぽい」トウモロコシでした。

車の中は途中で寝てしまっていた。申し訳なく思いながらも、帰ってきてからも家で寝させてもらう。
晩ご飯の時間には一度起きてスープを少し、中身も少し食べたのだけど、食べたとたんに戻す。
で、この日はお風呂もパスでとにかく寝る。前日のように途中何度も起きたのだけど。



日本からご飯をたくさん持ってくれば良かったと心底後悔した。
posted by スギヤ at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

2008 yil 04 Oktyabr Toshkent/Samarkand

レセプションのどう見ても韓国人なウズベク人のオイベックさんに聞いたらタシケント駅には10分でつくとのことで、余裕かまして荷造りをする。
3番バス。車内で3000スムを渡すとチケットがもらえる仕組。

タシケント駅にブハラ行きサマルカンド経由の列車が一番手前のホームに止まっている。チケットを示すと、8号車に行けと言う。座席指定だったんだ、これ。
私が何も話さなくても、一見無口なロシア人並みに話さないウズベク人は問題なさそう。案内してくれる。

列車の中には車掌がやたらとたくさんいて、各車両の真ん中にあるかろうじて映るテレビのチャンネル権を握っている。最初はウズベクポップスのPVばかり映ってたのだけど、アメリカ製のB級映画のロシア語吹き替えに変えた。
この状態で4時間ほど。


サマルカンド駅に着いたらタクシーの客引きがうるさい。でも乗り合いタクシーで行くんだ!と心に決めて3番のレギスタン行きに乗る。
一緒に乗った人が英語出来るようだったので、会う予定の知人宅に電話してもらう。

待っていたらあからさまにあやしい日本語を話すあやしい男性が話しかけてくる。いや〜、あんたに用はないんだわ・・・。

知人母と知人兄が来る。ほっ。
英語の出来る親戚の子を途中で拾って、ナンを買ってレストランへ。私からしたら何の記念館ですか?な場所だけど、ごく普通のレストランらしい。まあ、食堂とレストランの違いもあるしね。

薄いナンがしいてあるお皿にもられたシャクリクをごちそうになる。一つ食べたらもうお腹いっぱいです。残りのシャクリクは持ち込みのナンにはさんでお持ち帰り。
その他のナンは袋から出して車の後部座席に並べる。確かにこれだと保温効果あるね・・・。


車に乗せてもらって「シャーヒズィンダ」へ。
霊廟です。お墓です。この裏にも普通に墓地があって、一般人(「生きる王」=シャーヒズィンダじゃない人たち)のお墓が並んでます。
私にはそっちのほうが興味深かったです。で、この霊廟はいわばクライマックスのない建物群で、素敵な小屋が立ち並んでいます。
夕日に照らされた墓地が綺麗でした。


招待されたおうちにつくと、娘さんとそのまた娘のヤスミンがお出迎えしてくれた。このヤスミンちゃんはシャハリゾーダちゃんとも呼ばれる。なんだその脈絡のないニックネームは。
この人たちも他のタジク人(サマルカンドは諸事情によりタジク人の街)もベロア生地の服を着ている。彼らからしたら私の綿シャツにズボンという格好も謎だろう。
プロフと果物などで晩ご飯。英語が出来る他の兄やその他の親戚が集まり、8人ほどが出たり入ったり。

毎日シャワーするの? と聞かれて肯定していたら「じゃあシャワーに行こう」ということになった。
普段着はないの? と聞かれて??となっているとくだんのベロア生地の服を貸してくれた。もしかしてこう言う服が日本にもあると思ってるとか?
20分ほどぼっこぼこの道を車で揺られて、親戚の家までシャワーを借りにいった。結局入ったのは私だけで、他に一緒に来た人たちは別室でチョコレートとスイカを食べていた。

で、4日はこれで終わりだったのですが、これから旅の唯一にして最大の問題が始まったのでした・・・5日に続く。
posted by スギヤ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月03日

2008 yil 03 Oktyabr Toshkent

起きたら多分7時だった。多分、というのは私は時計を持っていないので。しかも、タシケントにはベンチも少なければ、時計も少ないですね。
朝っぱらからクレープがあるホテルの朝食を食べて、荷物を整理して、今日もここに泊まることに決める。

まずはホームミュージアム・オブ・タマラハヌムを目指す。その途中でウズベキスタン航空のオフィスにてリコンファームをする。
「変更はありませんね?」と聞かれるけど、週に2本しかない日本行きを変更する人は滅多にいないと思う。

タマラ・ハヌムさんとは1920年代に活躍した人民芸術家(主にソ連で国が推奨する画家、ダンサー、音楽家など)で、ウズベキスタンのダンスと歌を国外に広めるのに一役買った女性だ。
ロシア語を話す、とっても親切な小母さんに案内してもらって展示の色んな地方のダンス用民族衣装とタマラが訪れた国の民族衣装を見る。タマラさん、意外と背の高い方。
住んでいた部屋と、ドキュメンタリービデオも見せてもらう。ちなみにここにある「日本の衣装」はパチモンです。

タシケント駅にて8000スムで明日のサマルカンド行きの切符を買う。窓口の人は「Ok, Sugiya-san. You have...」のように「スギヤサン」と言う。なんでそんな日本語を知っているかな。

工芸美術館に行こうと思い、目指すはずが見つからない。でも迷って入る裏道の「ファンタジーお屋敷」たちがけっこう好きだったり。なので満足。

韓国館という韓国料理店で「ミディアムスパイシーのイカ炒め」を食べる。山のような量が出てきた。副菜は食べ放題。イカ炒めはぜんぜんミディアムじゃない辛さです。でも私辛いの苦手だしね・・・。
ここのウエイトレスは若くて可愛い(枕詞ね)朝鮮系の女の子ばかりで、全員の共通語はロシア語。
かなりお腹いっぱい。

食べたので眠くなった。それにメロンを食べてしまったのが腹に来ているようないるような気がするので、美術館は諦めて宿を目指しつつ、ファンタジーお屋敷を鑑賞しつつ散歩。
人気も少ないし、道はボコボコだけど緑は多いし、こう言うところに住んでみたいなぁ。

途中見つけたスーパーで、晩ご飯とDVDを買う。1リットルの水とナン(すごい旨い!)、ラトビアのチョコがけカッテージチーズとそっくりの食べ物をお買い上げ。
宿でだらだらとテレビを見て、ナンを食べて、だらだら寝る。


とにかく歩いてる。ファンタジーお屋敷はやっぱりユルドゥズ姐さんとか住んでるのかなぁ。
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2008年11月02日

2008 yil 02 Oktyabr Toshkent

さて、今日は長いです。


なにせタシケントに到着したのが朝の4時45分。飛行機から降りるとバスに乗って空港の建物に向かう。そのバスの中からツアー客が機体の写真を撮っていました。
パイロットに二本語で「写真は禁止ですよ」と注意されていたが、本人は「バレたか」と言ってカメラをしまう。
確信犯かいっ!

タシケント空港は飛行場と言ったほうがよいくらいのとても小さな空港。ちなみにこういうところ(Sogdianaのインタビューから)だ。
空港からはしつこい白タクで10ドル。昼間だったら意地でもバスに乗りますが、日も昇りかけのこんな時間では白タクしかない。
先頭をきって客引きをしていた朝鮮系ロシア人のドライバーが「ロシアのメルセデス」に乗せてくれた。ちなみにラーダ(Lada)のこと。
ロシアのメルセデスは窓にヒビが入っている。ちなみにシートベルトはない。


1週間前に予約していたオルズホテルについて、荷物を預け、歯を磨き、出発。
ホテルがある通りにはまっことに胡散臭いCD屋さん(でも一番メジャーなチェーン店なの)がある。
本物か偽造なのか考えてしまう。そもそもウズベキスタンにその区別はあるのかとか。
でも、初めて見たCDショップ。かなり嬉しい。
この時点で朝の5時。空気はまだ冷えている。


とりあえずは銀行でドルをスムに変えるべきと、銀行に行こうと歩き出した。この辺、実はとっても適当で、歩いてたらそのうち中心部に出て、そしたら銀行の一つや二つあるだろ、と言う事しか考えていない。

街中をあるいているはずなのに、路上では犬が寝そべってたり、うろついていたり。いったん脇道に入れば舗装ははげている。
その道の両側にはとってもりっぱでファンタジーのような、ディスニーランドみたいな大きい家が並んでいる。
しばらく歩いていたらナヴォイ劇場に着いた。ベンチがあったので休憩する。でもこの時点で朝の7時なので、銀行は開いていない。

朝早くから開いているチョルスーバザールを目指す。徒歩で。大いに迷う。
Torkistanと書いてある建物の前の庭っぽいところに座ったら整備の人たちが来てここに座るなと言う。
いやー、本当にベンチなしで休めない国ですね・・・。
続けて他の人が後ろの方からはやし立てて電話番号を聞けと大声で怒鳴っている。ロシア語が分からなくても「テレフォーナ! テレフォーナ!」と言っていたら分かるというに。

またチョルスーに向かって歩く。

しばらく歩くと、大きな交差点に出た。
ウズベキスタンでは信号を無視して交差点を渡る。なので、前を歩いていたおじいさんノ後について歩いていると、それを横切る車がよけた途端、その車は滑って道ばたの小屋(?)に突っ込んだ。小屋のガラスは粉々に割れ、都合良くどこにでもいる警官に調べられ始めた。

更に行くと、電気製品ばかりが並ぶ通りへ。
銀行っぽい看板があったので、思い切って中に入る。英語が出来る人がいた。
目の前でお札を数える機械を示し、「わら半紙にプリントアウト」でない証明書を出してくれた。
意外と普通だった。
ほっとしたら、ウズベキスタンに来て良かったと思った。なんでこのタイミングで。

ここまでで歩いたのは約5km。

チョルスーバザールは観光名所なのがよく分からないくらい、ごくごく普通のバザールだった。
ラトビアのバザールとドイツのマルクトを足して、割らなかったような場所、と言えば個人的には分かりやすい。
それにしてもどこに行ってもある、Sardor Rahimxonのコンサート告知ポスターにげんなり。確かにSardorは今人気あって、歌も良いと思いますが、彼のファンではないのでいわゆる「決めポーズ」で微笑んでいる顔をそんなに見たいとは思わないのですよ。
チョルスーバザールには超特大ポスターがありました。

メトロで日本センターへ。
日本語が出来るウズベク人(で暇そうな人)を探したけど、みんな真面目なのでそんな人はいなかった。
しかし上品な日本語を話す人が多いこと。まだウズベキスタンでは限られた人が勉強出来る言語なのかもしれない。

この後、「Nirvana」と言う名前のCDショップを発見。これが朝も見たCDショップのチェーン店です。
CDを買う時に店員さんに聞いてみたら「Shahrizodaは知らない」らしい。でもチョルスーではShahrizodaのビニール製買い物袋が売ってたよ。あの袋、欲しかったなぁ。

地下鉄にて中心地を目指す。
警官が始終監視しているというのはよく分からない状態だったけど、意外とここも普通でした。
駅で待っていたら、ロシア語で話しかけられた。英語で返す。
私がクラスメイトに似ているので声をかけたらしい。旅行中云々、日本から来た云々話して、CDを買った話しになった。
DJ PiligrimとShahzodaは知ってるけど、他は知らないらしい。ちなみに他、とはFeruza JumaniyozovaとSogdiana。

ホテル・ウズベキスタンで明日行く予定の博物館の場所を尋ねる。本屋やツム百貨店をのぞいて、「ブロードウェイ」へ。なんなのだろう、このネーミングセンス。しかもなーんにもないところ。
役人のようなスーツ姿の暇そうな男性たちが建物から出てくる。役人かな?

ブドウとクッキーをスーパーで買ってから近くのセルフ食堂の並びのキオスクのお姉さんに道を聞く。美人で親切。素晴らしい。
ここのセルフ食堂は安っぽいけど、と言うか実際安いのですが、鳥挽肉のフライみたいなものが美味しかった。サラダに生野菜食べてしまったけど、お腹に問題なし。

そのまま宿に帰ってTVを見るのもそこそこに、寝る。


今日は合計で10kmくらい歩きました。
posted by スギヤ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月01日

2008 yil 01 Oktyabr Narita

空港についたとたん、保険に入っていないことを思い出した。
すっかり準備万端、体調完璧、気分はのりのりで来たはずが、出鼻をくじかれた。

とは言いつつも、久しぶりの成田ではある。



この旅行のほんの1ヶ月前にぽっと時間が空いたことに気づき、ウズベキスタンに行くことを突然思いついた。

この思いつきは周囲からしたら突飛なものでなかっただろうけど、私からしたら正直「えぇ、行くの?」である。もっと言うなら「何で行かなきゃいけないんだ?」だった。
だって、ウェブでウズベキスタンの音楽がたくさんあるじゃないか。世界遺産に興味ないよ、わざわざ人の温かさに触れたくないよ。

けどそうだなぁ、まあ良いか行っても。

そう言うあまり熱意の感じられない経緯をへて10月1日に私は成田空港にでっかいスーツケースを持って到着した。

出国審査を終え、21時すぎのウズベキスタン航空の機体を見て、ようやく非現実だったウズベキスタンがもうすぐ手の届くところにあることを実感した。
そして、ここでこの機体を写真に撮っても問題じゃないんだよな、タシケント空港で同じ機体を撮ったら問題なんだろうけど、と言うくっだらないことを考えた。



飛行機に乗ったらお隣はタシケント経由の中央アジアにベテランの方々がいて、話に花が咲いた。Shahzodはキルギスでも人気だとか。ほほぅ。メモメモ。
初めてのウズベキスタン旅行、これは最初っから幸先良い。
そして、この飛行機の中で既に私はカルチャーショックを体験していた。

ウズベキスタンより南っぽい見た目の男性が1歳前後の子連れで私の斜め前に座っていた。ウズベキスタン航空は離陸前に飲み物が配られるのだけれど、配っているお姉さんに話しかけるときの言葉が「Hi, Beautiful」。
そして赤ちゃんをあやしながら上半身脱ぎだす。ちなみに子守りソングはおもちゃから鳴る「アンパンマンのマーチ」。

機体は旧ソなのでまさかのプロペラ機か!?(すごい偏見だ)と思ったが流石にそれは無し。けど、掃除は行き届いてないし、映像の選択権なし、ラジオの番組表なし、ゲームなし、そもそも各席にテレビなし。
ルフトハンザ並み・・・。

関空で一時降りる。
23時の他に誰もいない関空で延々とテレビを見る。保安検査をもう一度する。この意味は? ウズベキスタン国内にも言えることだけれど、警戒している割には検査の中身はスッカスカ。



この時点でけっこうお腹いっぱい感あふれてますが、まだウズベキスタンに降り立ってもいないのでした。



という訳で、今日から10日間は10月のウズベキスタン旅行を振り返ってみたいと思います。
posted by スギヤ at 21:21| Comment(0) | TrackBack(0) | ウズベキスタン旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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